最近無性に惹かれて仕方なかったメニューをいただきに、築地場外の本種さんへ。
実は、まだ大学生だった5年ほど前、このお店で丸ちらしを食べたのが僕の初築地メシだったのですよ。
いい印象しか残っていないのですけど、ついつい今まで再訪できずに来てしまいました。
開店時間の11時前に伺いましたが、既にカウンターは満席。
ぐるりと回り込んだところにあるもう1つの入り口から入って、テーブル席に着席。
大将は板前服をお召しで、もうひと方エプロンを着けている女性店員さんがいらっしゃいましたが、
一見普段着のさらに男女1名ずつも店員さんのようで、初め少し混乱しました。
関係者のお子さんや、お客さんでも店員さんでもない知り合いの男性が店内にいたりして、
雰囲気的には町内会の集まりのような感じ。
にぎり寿し一・五人前(1500円)。
本種さんのお寿司は、昔ながらの町のお寿司屋さんタイプ。
江戸時代の握り寿司は、今でいう"おにぎり"サイズに握ったのを2つで1貫として、
手っ取り早くお腹いっぱいになるファストフードだったと言いますからね。
ハマチ。
温度が高いのも関係していそうですが、食感がゆるめ。
歯応えがないと脂もだれて感じられる気がしますね。
ただ、不思議と舌にやさしい温もりとやわらかさ。
アオヤギ。
個人的にアオヤギが好きなので、チャンスがあればお寿司屋さんでも注文したりしますが、
貝類の中でも特にシャリと馴染みの悪いネタなのであまりやっているところはないのですよね。
大きめのシャリに、上手いこと包丁を入れたネタを被せてあって、
今までいただいたことのあるアオヤギ握りの中でもトップレベルに一体感がありました。
シャリの味がやさしいのもポイントだったかも。
比較的大型の小肌は、肉厚でしっかりとした脂。
大味といえば大味なのかもしれませんが、味がぼやけているわけではなく、
こういう小肌は久しぶりだったので、新鮮で魅力を感じました。
真鯛、いか。
真鯛は、白身として魅力のある食感のやわらかさではないように感じましたが、
これもハマチと同じく、握りとして不思議と温もりを感じる仕上がり。
いかは歯にやさしく付いて、角の立たないサクッとした歯切れ。
ほのかな甘みと、ほのかな旨み。
赤貝とトリ貝。
どちらも食感にハリがないという言い方もできますが、やっぱりこの方がシャリとは馴染むのかな。
香りも主張がありすぎない分、収まりのいい一体感。
車海老。
これは一見他店の車海老と比べてシャリを捉えられていないように見えましたが、
形がモソモソしている効果なのか、やはりシャリとつながりを持っていました。
まぐろは部位を言い分けづらい感じでしたが、中トロ寄りの赤身と、中トロと、蛇腹といった感じでしょうか。
3つ入れるなら1つは赤身だろうと高をくくっていただいた1番右でしたが、思ったよりもずっと脂が乗って酸味と甘みをバランスよく感じるもの。
見た目から蛇腹だな、と決めてかかっていただいた真ん中のは、スジがあまり気にならず脂も思ったよりもサラリとしてさっぱりとした味わい。
あらら?と最後にいただいた1番左は、かなり甘みと重みを伴って口どける濃厚な脂乗りでした。
3者3様に特徴があって楽しめるまぐろでした。
そして今回1番のお目当てだったのはこの自家製玉子焼き。
初訪問でいただいた丸ちらしにも乗っていて、ちゃんと卵の味が感じられるほのかな甘さの仕上がりが強く印象に残っていたのですよね。
これは記憶が美化されていたわけでもなんでもなく、今回もビビッと心の琴線に触れるネタでした。
お味噌汁はアラで出汁を取ったもので、海苔がたっぷり入ったものでした。
お店の雰囲気は、前回訪問時よりも僕が食べ歩き慣れしていることもあって余裕を持って見られましたが、
店員さん同士の関係が快活で、お客さんとの絶妙な距離の取り方が温かくて、
店内でぼーっとしている間、思わず頬が緩んでしまうような場面が何度もありました。
料理に関して言いますと。
再訪まで5年も空いたことからも分かると思いますが、正直言ってこちらの握りは個人的には好みのタイプではないのですよね。
実際いただいてみてもその思いは強まるばかりでした。
でもなんかイイ。
ところどころ冗談みたいにワサビが多くて、あふれる涙を周りに気取られたくないのでこぼれないよう斜め上の空を見つめたりして。
落ち着いたところで手に取った次の1貫の"シャリとネタの間"が明らかに黄緑色をしているのが、にじんだ瞳にもくっきりと映って思わず固まったりして。
"お母さん"のおにぎりを食べているような感覚に近いのですよね。
シャリは控えめの味、ほの温かくて、大きめに丸っこくて、ずっしりしているのに口の中でふわっとほぐれる。
もしかしたら世界一美味しいお寿司を握れるのは"お母さん"なのではないかと思わされてしまうほど。
最近一方面からしかお寿司を見ていなかったことを気付かされたような、不思議な感覚になりました。
もちろん「お母さんの握り寿司が世界一美味しい」というのは言葉の綾でございまして、
これを読んでくださっている子持ちのお母さまにおかれましては、
拙速にも「今晩の夕飯は握り寿司」などと準備を始める際は自己の責任で握っていただきますようお願い申し上げます。
また伺います。