「移転の前に、米花に行ってみたいんだけど」
相談を受けるとき、続く言葉はこう。
「ジローさんって、怖い?」
ジローさんは、築地場内の魚河岸横丁にある「うなぎ米花」を切り盛りする米花兄弟の弟さんの方。
7ヶ国語を操って外国人観光客をも虜にする個性満点の姿は、メディアでも頻繁に「名物店主」として取り上げられてきた。
本当のことを言えば、店主は厨房にいるお兄さんの方だというのはここだけの話。
ジローさんの人となりを説明するときに僕が話す、最高にジローさんらしい話はこれ。
一緒に行ったおでん屋さんでジローさんはぐでんぐてんに酔って、おぼつかない手でなぜか山のような辛子をこんにゃくに乗せて食べ始めて「辛えーーーー!辛えよーーーー!」とぼろぼろ涙を流しながらも完食。
お店に通ってジローさんと知り合った人にとっては、そういう抜けたイメージの方が強いと思う。
ジローさんと一緒に食事に行くと、印象に残ることがある。
お店に入ってから出るまでジローさんは、何度「どーもしーません(すいません)」とペコペコ頭を下げるか分からない。
「何も知らないんです。今日はよろしくお願いします」
米花では、ジローさんがお客さんを叱ることがある。
酒に酔って入ってくる。
店に入ってきて挨拶をしない。
撮影禁止と書いてある外観写真を勝手に撮ろうとする。
時には諭し、言って分からなければ「ダメダメ!」と追い払って「ナメんじゃねえよ」と憤る。
客のジローさんは「どーもしーません」と頭を下げ、店員のジローさんは「ナメんじゃねえ!」と声を上げる。
ジローさんはよく「人間、謙虚じゃなきゃいけないよ」と口にする。
「謙虚にしていれば、相手は良くしてやろうって気になるんだから。偉そうにしたら、それだけで『こいつ分かってねえな』ってなんだよ」。
ジローさんは手が空いたときに、外国人のお客さんに日本語を教える。
「日本でものを頼むときは、単語に『オネガイシマス』って付ければ伝わんだよ。
刺身を食べたいなら、『サシミ、オネガイシマス』
写真を撮って欲しいなら『カメラ、オネガイシマス』
タクシーに乗ったら『シンジュク、オネガイシマス』
はい!オネガイシマス!」
日本では日本語を使う。
「オネガイシマス」と付けて丁寧に伝える。
ジローさんの日本語講座は、謙虚さの教えでもある。
こんな風にジローさんのことを、偉そうに勝手に語ると、
「うるせえナメんじゃねえ!」
という声が飛んでくるかもしれない。
でもその後すぐ、
「怒鳴ってどーもしーません」
と無邪気に笑ってくれるような気もする。
「おはようございます!」と、謙虚な気持ちでお店に入れば、ジローさんがキュートな笑顔で迎えてくれる。
怖そうだというイメージだけで米花に行ったことがないのだとしたら、そんなにもったいない話はない。
【店舗情報】
うなぎ米花
場所:築地魚河岸横丁8号館
営業時間:6時半~売り切れ次第終了
築地での最終営業は10月2日火曜日
場所:豊洲市場6街区・水産仲卸棟3階
営業時間:7時〜売り切れ次第終了