この日はご縁があって、茗荷谷の一幸庵さんの工房を見学できる機会に恵まれました。
店主の水上力さんは、海外のパティシエさんたちにも積極的に工房を公開して、ヴァローナとコラボされていたりもするのですよね。
和菓子業界の現状への危機感とか、もっと発展させたいという気持ちも強く持っていらっしゃるようで、この日もどんどん情報を拡散してほしいとおっしゃっていました。
情報量が多すぎたので、ほんの一部ですが軽くご紹介します。
前半はわらび餅を作る様子、後半は水上さんの和菓子への取り組みや思いについてです。
9時過ぎの工房におじゃますると、すでに作業が始まっていました。
この後の話で、鶯谷のパティシエ・イナムラショウゾウさんとも関係が深いようだったのですけど、このとき作っていたお菓子は「羽衣モンブラン」に通じるものがあったように思います。
あれ、ほとんど和菓子なのですよねえ。
ここから名物のわらび餅作りへ。
道具を並べて、材料の説明が始まります。
写真手前は主材料のわらび粉。
産地やその年その年で全くものが違うそうで、一幸庵さんでは鹿児島のものと岩手のものを年によって配合を変えながら使っているようです。
奥はザラメ。
粒子の粗い砂糖はアクが少ないのだそうです。
まず、わらび粉を水で練っていきます。
と、同時に奥でザラメをお湯で溶くお弟子さん。
わらび粉とザラメを合わせます。
後で火を入れる際に水分を飛ばして調整されるので、この辺の分量は結構大ざっぱなのかもしれません。
濾し器を通します。
「今はわらびの精製がいいから濾す必要はないんだけどね」
とおっしゃっていましたが、工程をなくすことで"何か"が変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれないし、と悩ましいところのようでした。
「習慣として」続けている、と。
わらび粉と、粉になる前のわらび。
材料の変化に加えて、精製の変化もあるとなると、時代を経て作り方も様々変えなければならないということなのですね。
ここから火にかけて練っていくのですけど、凄まじい肉体労働が続きます。
縁あって一幸庵さんの厨房を見学させていただきました。動画は名物のわらび餅を作る様子です。途中音が大きいのでご注意を🙏ご主人の水上力さんは手首を痛められているということで、こちらはお若い方です。途中カットしてありますが、5分くらい練り続けていて、かなりの重労働のようでした。 pic.twitter.com/VQIZRcNHyi
— 65 (@lockandgo65) October 26, 2019
「火力は常に全開で」
「1番きついのはここから。もう疲れきっているんですけど(苦笑)」と始まった「はたく」という作業。終了後は柔らかさが全く変わっていると同時に、職人さんの息がめちゃめちゃ上がっています。わらび餅を1つ分ずつにちぎる様子を見た外国人シェフは、モッツァレラと同じだ!と言っていたそうです。 pic.twitter.com/wI5NJXxsSu
— 65 (@lockandgo65) October 26, 2019
包むときはわらび餅に圧がかからないように、手から浮かせるようにしてふわっふわっと扱っています。
お皿と楊枝が置かれたということは…、
できたてを実食!
人肌よりほんのりあたたか。
「こしあんとわらび餅を同じ食感にする」という感覚を話されていましたが、まさにそれ。
少しとろみのある液体、くらいの感じで喉に向かって流れていきます。
こうして見るとしっかり形を保っているのですけどねえ。
こちらは"あんなし"バージョン。
これもするすると液体のように口の中を流れるのですけど、通常のわらび餅以上に口の中でどう扱っていいか困ってしまう感覚。
極端な言い方をするとこちらはちょっと気味が悪いような口当たりで、"こしあんが入っている意味"を却って強く感じることができたような気がします。
いつまででも見ていられそうな美しい光景でした。
水上さんが、その辺にあったパンにバターを塗ってトースターで焼いて、冷たいあんを乗せてくださった即興あんバタートースト。
バタートーストはほかほか、あんはひんやり。
筆舌に尽くしがたい最強フードでしたね。
食べた境遇もひっくるめて、今年口に入れたものの中でベスト級に印象に残りました。
ここからは、水上さんの「創作」の世界へ。
ここまでは職人としての顔を見せてくださっていたのですけど、和菓子について新しく考えていることを説明する表情は、将来の夢を語る少年のそれ。
これは土筆(つくし)。
ちょっと苦みのある春の味。
「日本人は懐かしい人も、珍しがる人もいるし、海外の人にも面白いと思うんだよな~」
これは柚子のコンフィチュールなのですけど、何と全く火を入れずに作っているそう。
風味が損なわれないというより、雑味が全く出てきていなくて、経験したことのない爽やかな柚子香。
"一番美味しい部分"がみつからない、とおっしゃったかと思うと、
湯煎して全部ボウルに取り出すという…!
見学者一同「え!え!…あ、…だって…え…そんな!」と恐縮しきりでした。
左は青梅、右は桜。
どちらもどこか懐かしい味わいですが、ポイントになる風味が際立って強調されたような鮮烈な仕上がり。
色々な食材で、色々な調理法を試しては、トライアンドエラーを重ねているそう。
それで、新しく作ったものをどうするのかと思えば「誰か使ってくれないかな?」と、パティシエさんやシェフに技術を伝えていきたいだけのようなのですよね。
メディアで拝見するお姿でてっきり保守的な職人さんなのかと思っていたのですけど、お話を聞くと真逆で。
和菓子の業界が情報発信をまともにしてこなかったことへの危機感があるようで、「自分には先がないから」というようなことも言いながら、
「とにかくオープンにしないと」
「和菓子の技術と海外のお菓子の技術、お菓子以外の料理の技術とをかけ合わせれば、想像もできないような進化の可能性がまだあるはず」
とこれからの世代の奮起を呼びかけたい一心のようでした。
ときどき厳しい表情もされるんですけど、基本的には無邪気にニコニコお話をされる姿に引き寄せられてあっという間に時間が過ぎていました。
貴重な機会をありがとうございました。
一般人の僕にできることといえば、まずは普通に和菓子を食べることだよな!と思った次第です。結論は軽めで失礼!