食って素晴らしいな、と思っています。
これはある男子の話なんですけど。
彼は20歳になる頃に、自分にはいくつか食べられない食材があることに気が付いたんですよね。
味が苦手というのではなくて、物心ついたときから悩んでいた体調不良が、いくつかの食材を食べた後に出ていることを発見したんです。
それらを食べなくなったこと。
「自分の身体が不完全である」という事実を叩きつけられてコンプレックスを抱えたこと。
何が直接的な理由かは分かりませんが、彼はそれからみるみる痩せ細って、30キロ台まで体重が落ちました。
まあ思春期なので色々あったそうなのですけどね。
幸いそんな状況でも彼は冷静で「このままでは長く生きられないな」と感じて、"食べることを楽しいと思える何かを始めよう"と考えました。
そこで意識的に美味しいものを食べて、写真を撮って、記録に残すことにしたんですね。彼は。
で、すっかり食の世界にのめり込むようになりました。
食の怖さに飲み込まれた20代前半だったんですけど、後半はどうにか持ち直して今ではいびつな食生活ながらも"自分なりにバランスのいい形"をみつけられたようで、上手いことやっているみたいです。
食に足元をすくわれて、また、食に救われたんですよね。
彼は20歳になる頃からそんな調子だったので、アルコールも怖くて一滴も飲んだことがありませんでした。
「飲めないの?」と聞かれることがよくあるんですけど、飲んだことがないので分からなかったんです。
話を少し戻すと、冒頭に挙げた"食材"は体調不良が出るだけで"食べられない"わけではありませんでした。自分の中で、覚悟を決めて食べる機会は時折ありました。
何を食べられて、食べられないのか、飲めて、飲めないのか。
自分の中でぐちゃぐちゃになっていたんですけど、アルコールについては「怖い」から飲んでいないだけだなということに薄々気がつくようになりました。
ここ数年は「お酒は飲めるかどうかは分からないけど飲まない」と主張するのが面倒になって、「次に彼女ができたら飲みます」と言い逃れていたんですよね。
そう言うと大体の人は納得してくれるし、何なら色んな意味で応援までしてくれるという我ながら名案で。
そして「彼女ができたら」本当に腹をくくってお酒を飲める気はしていたんですよね。
ただし同時に、自分が甘えているだけだということも感じていました。
言い訳して言い訳して、逃げて逃げて、追い込まれないと前に進めない。
食に怯えて、食に負けて、20代を終えていいのかな、という気持ちが生まれ始めました。
というわけで、ほぼ10年かかりましたが、ワインをグラス1杯飲んできました。
最初に「メインに合わせて1杯だけ」とこなれたフリをして注文しましたが。
コースが進むにつれ、心臓の内側をかきむしりたくなるような焦燥感で汗が噴き出し、完全に後悔に駆られ始めました。
「あの…、すいま」
「野菜のエチュベです。何か?」
「何でもありません」
と、やっぱり美味しいものに救われて、何とか心を落ち着けてメインを迎えることができました。
色々あってずっと避けていた友人と握手をしたような、「今まで10年ごめんな」みたいな不思議な気持ちになったものの、どうやら全く飲めないということではなさそうです。
でもアレですかね、お酒を飲むとうっすら目に涙が浮かんでくるタイプなのかもしれません。きっとそう、お酒のせい。10年ね、10年。
まあこれまでずっと敬遠してきた間柄ですから、突然仲良しになろうという気もなく。
やっぱり合わない部分もあって今後も距離は取っていこうという所存ですが、食の豊かさを改めて感じる経験ができて、30代になっても変わらず、より一層"食"にのめり込んでいきたいな、と思いを新たにした次第です!
そして、今まで散々お酒を断ってきてしまったみなさんへ、ここへきて1杯飲んでしまったことの懺悔でした。
と彼が言っていました!
30歳になってオヤジギャグのひとつも言うようになってしまうかもしれませんが(←)、今後ともよろしくお願いします!
※この記事はフィクションを含みます。