この日はかねてから一度伺ってみたかった駒場東大前のイノベーティブ・フュージョン料理の「tsu・shi・mi」さんへ。
シェフは10年前にミシュランの星を返上してこのお店をオープン。
野菜に力を入れた料理を提供されているのですけど、決して「ベジタリアン料理」ではないとのこと。
肉や魚の味わいも活かすことで、より野菜の魅力を引き立たせることができるという趣旨のようです。
黒とグレーがベースの大人っぽい空間。
いぶし銀のショープレートは、照明の反射でゲストの顔が映えて見える仕様になっているそう。
まずペーパードリップでサラッと抽出されたのは野菜茶。
メイン料理で使う野菜の残りを、4日間の低温調理と発酵を経てここに至るそうです。
中を見ると、ドライフラワーのように乾燥した野菜になっているようでした。
❝大地の茶❞/tea of the earth。
香りはネギや玉ねぎ、根菜系の甘い香り。
香ばしさは出ず、青っぽさはなく。
時間をかけて素材に負荷をかけずに、いい味だけを引き出した純粋な野菜の旨みを堪能できました。
これは食欲が湧きます。
ぶどうのヴィネガーを使ったスパークリング。
ドリンクはデフォルトでコース料金にペアリング含まれているのですけど、アルコールとノンアルと選べたので僕はノンアルで。
最初の前菜はユーモアの効いたパックで登場。
シェフの顔が印刷された袋の中に入っているのは、キノコのチップス。
袋を開けると…あら!いい香り。
早速プレートに出してみます。
茸/mushrooms。
袋にはアワビタケ、タモギダケ、マイタケと書かれていましたが、他にも複数種のキノコが使われていたように思います。
見た目はドライな印象だったのですけど、ひと口いただいてみるとしっかりフライになっていて油がジューシーな感じ。
この油がまた旨いこと。
特にアワビダケのジューシーさ、食感が抜群でした。
もってのほか/ edible chrysantemum。
メインの食材は食用菊「もってのほか」。
毛蟹と一緒に緩めの餡にして、中心には生ウニ。
下には蟹のミソとマスタードのソース。
餡にかなりウニの風味が移っているのが意外。
食感の似ている蟹のほぐし身ともってのほかは、噛んだ瞬間、動物と植物にパッと分かれます。
縁取っているのももってのほか。
上にはもってのほかのかき揚げが乗っていて、香ばしさと食感のアクセントに。
動物性の食材を活かしつつ、あくまでもメインは野菜だという方向性がありありと表現された1皿でした。
鍋葱/LeeK。
メイン食材の下仁田ねぎ系の「鍋葱」という品種のネギなのだそう。
太くて甘い、名前の通り鍋に向く品種です。
魚は本ししゃも。
下にもぶつ切りでコンフィになったものが盛り付けられています。
鍋葱は舌にピューレ、トロッと甘いコンフィ、細く切って揚げたもの。
それぞれ調理によって異なる甘み、香ばしさが感じられます。
鷹の爪がビシッと効いて、強めのピリ辛。
続いてのドリンクは山梨のキザンのワイン。を加熱してアルコールを抜いたもの。
色味はちょっと濁ってしまうのだそうですが、見た目にも舌触りにもちょっと重たさが出て桃っぽい風味に華を添えていたような。
Noen 2020/11/8 & 京紅人参/carrot。
看板料理のこちらは、60種類の野菜をそれぞれの調理法で調理した気が遠くなるような1皿。
全て別の野菜、別の調理法になっています。
真ん中の京紅人参のスープと甘海老のフライ。
甘海老は昆布と塩で締めてから揚げてあるそうです。
枝豆が1粒見えていますが、大体1品1品がそのサイズということ。
このボリュームが実に絶妙で、ほんのひと口とはいっても味や食感がしっかり印象にのこるサイズなのですよね。
かと思うと、「いま食べたのすごく美味しかったな…」と感じたときに確認するもうひと口を食べることができないもどかしさ。
ただそれが嫌な気分ではなく、「すごく美味しいものを食べた」というイメージが夢見心地に残るのです。
秋から冬に移ろうかという時期ですから、品目としては芋や根菜が多め。
そう思って油断して食べていると、突然味覚が爆発しそうなくらい美味しいひと口に出会って、誇張なしにびっくりさせられます。
そして、それを確認するもうひと口はやっぱりない。
これを毎日シェフひとりで作っていらっしゃるということで、それは1日1組だな…と思わざるを得ませんでした。
調理はもちろん、人数分盛り付けるだけでも気が遠くなります。
そして、最初の野菜茶はこのお皿を作るのに余った食材を使われているということのようでした。
余すところなく野菜を満喫しています。
おおまさり/peanuts。
ブランド落花生「おおまさり」をふんだんに使った1皿。
合わせるのは発酵りんごのジュール。
少しバランスを乱すくらい旨みとコクの中間のような味が主張。
「中のりんごは美味しくない」とのこと。
下には落花生のリゾット、続いて落花生のコンフィ、上には落花生のチップス。
仕上げに泡のソース。
米に落花生の香りが移ったリゾット、ネットリ濃厚な質感の大粒おおまさり。
アマランサスが鮮やか。
そしてフォアグラでさらに味わいにリッチさが加えられています。
ただのこの分量や、主張のさせ方が絶妙で、あくまでメインであるおおまさりのコクや質感を損なわないバランス感です。
続いてマリーゴールドのハーブティー。
ブレンドのハーブティーの中に入っていることは結構ありますが、マリーゴールド単体というのはあまり飲んだことがないかも。
香茸/wild mushrooms。
先ほどのキノコは栽培モノでしたが、こちらは野生。
アワビの身、アワビの肝を使ったバターソース、上には秋トリュフ。
香りも素晴らしかったはずなのですけど、口に入れたときの風味のインパクトが強すぎてそちらばかりが記憶に残っています。
シェフが「キャラメルのよう」と表現したソースは暴力的なまでの旨み。
それと合わさることで、キノコは甘みを増して感じられます。
秋トリュフはポクポクと心地よい食感で、ほのやわらかい風味。
強い味わいのアワビ、キノコに軽やかさが加わる絶妙なバランスでした。
川端蓮根/❝KAGA❞ lotus root。
石川県のブランド野菜として認定されている「加賀れんこん」ですが、生産者の名前から川端蓮根としているそうです。
トップに乗っているのが、メインの蓮根ステーキ。
その下に蓮根のチップス、そして一番下には穴子の蒸し煮が敷かれています。
上新粉をはたいて質感よく仕上げたステーキの表面。
ザクッとしつつモッチリ、ねっちりとした質感が独特です。
ふわとろの穴子は、蒸し煮にしたことでダダ漏れるお出汁がそのままサラリとしたソース代わりに。
添えられた梅山豚のパンツェッタ、仕上げに周囲に引かれたレモングラスのソースで1皿の中の味の立体感は次元が1つ乗っかるような豊かさを生んでいます。
今度は日本酒「久保田」のアルコールを抜く処理をしたもの。
「米ジュース」などと呼ばれていましたが、甘みがありつつキレのある味わいは経験したことのないものでした。
またグラスが生む光の効果でテーブルに描かれる線が素敵。
小麦と米/wheat & rice。
南部小麦、ひめのもち、黒米を使ったパンをフレンチトーストにして、添えられたクリームチーズ、ヨーグルト、黒米のパフと合わせながらいただきます。
表面に甘酒と塩バターを塗って焼き上げているそう。
まず舌に触れる甘じょっぱい味が支配的な位置づけなのは間違いありませんが、噛むたび芯の強い味が存在感を増すパン生地自体のポテンシャルがすごいです。
主食としてのパンの味というより、食材として味を放つ米、小麦はまさしく野菜的な魅力を放っているのですよね。
どちらかというと、フレンチトーストの尖った味わい馴らすようなクリームチーズ、ヨーグルト。
後口がとてもさっぱりに。
お手拭きを出して、手づかみで食べるように促されるのも秀逸。
ぼそっとした生地は、ナイフによる断面ではなく、千切った面の凹凸がさらなる味を生んでいます。
お魚料理を前にドリンクはパッションフルーツの紅茶。
シンプルですが、これがいい香り。濃い香り。
陸若芽と陸海苔/❝Okawakame❞ & ❝Okanori❞。
若芽、海苔という文字が入っていますが、どちらもまぎれもない野菜。
下にはのどぐろと、焼いたのどぐろの骨でとったお出汁、隠し味にナンプラー。
仕上げに乗ったのは海苔…ではなくて、陸海苔で作った海苔風。
ゆがいた陸若芽も、名前通り若芽のような食感と独特のヌメりが出ています。
半熟のうずらの卵を割って魚、スープと合わせます。
和とも仏ともつかず、間をとってエスニックなところへ、合わせたパッションフルーツの紅茶の南国な趣が効いてきます。
お肉料理の前にナイフが登場。
折り畳みナイフが有名なフランスの老舗ナイフメーカーで、なんとなんとこちらも折り畳むことができるとのことでした。
機能美。
お肉料理には自家製のサングリア。
オレンジを落としていただきます。
香りの出ること、出ること。
海老芋/shirimp taro root。
お肉料理ですが、メインは海老芋。
海老芋とシェーブルチーズをパイ包みにして、ラードを塗って仕上げてあります。
お肉は赤牛のサーロイン、その下にクミンを効かせた海老芋のピューレ。
濃い色のソースは赤味噌。
海老芋のチップスに柚子の香りを付けて。
この辺りの「和っぽい」の一言では終わらない味のまとめ方が本当に秀逸。
想像できそうで想像のひとつ、ふたつ上をいく味作りに驚かされる連続でした。
そしてパイがとてもいい香り。
どこか淡白、後に残る風味がどこまでもリッチな味わい。
芋だけだと味が平板になりそうなところへ、シェーブルを合わせるセンスというか、そこに味噌を重ねてくる才覚というか。
すべてのお皿に説得力があるのですよねえ。
さて、ここからデザートです。
何やらチョコレート菓子のようなものが出てきましたが、これはヌテラを焼いたものなのだそう。
何だそれは…と思っていると、
黒蜜姫/ black fig。
ビオレソリエスと山ぶどうのソースをかけて完成。
ビオレソリエスは焼いてあったような気がします。
この日何度感じたか分かりませんが、これもはちゃめちゃに天才。
食べるとまうは黒イチジクの甘みと香りが口いっぱいに広がるのですけど、気が付いたらヌテラの味にどこかで切り替わっているのですよね。
黒イチジクとヌテラの味、食感の境目が分からない感じ。
そして軽めの味わいである山ぶどうの風味が、最後にしっかり残っているのもお見事。
宇宙芋/ air potato。
「宇宙芋を使ったお餅」との説明でちょっと驚いたのですけど、宇宙芋って実在する野菜なのだというのですよね。
根ではなく枝になるので「空中になる芋」ということでair potato。
雪見大福とかそんなイメージで、中に宇宙芋のほくほく餡が詰まっています。
ホワイトチョコのソース、上には和三盆のチュイル。
こちらが実物の宇宙芋。
air potatoを宇宙芋って訳した方のセンスが感じられます。
この芋自体はクセの強い味わいなのだそうですけど、デザートは穏やかな味わいというくらいしか感じられず、食べやすい1品でした。
お茶菓子は、誕生日の方がいらっしゃったので特別仕様。
すごいインパクト。
食後のドリンクは魅力的すぎるラインナップが用意されていましたが、一番癒されそうに感じられた檜のお茶でお願いしました。
右がお茶菓子の僕の取り分。
エスプレッソキャラメル、シャインマスカットの身にタルト、ビーツのトリュフショコラ、ポップコーンキャラクレーム、花豆の洋風どら焼き。
檜の香りに包まれて、食後の時間をほんわかした気持ちで過ごしました。
シェフも出てきてくださって、落ち着いてお話することができて大満足の時間となりました。
そんなにしょっちゅう来られるような価格帯、予約の難易度ではないのですけど、「1度来たら満足」では終わらない何度も何度も伺いたくなるお店でした。
お誘いいただいた幸運に感謝しつつ、幸せいっぱいでごちそう様でした!